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負けに耐えることができるか

sdfiu 『深夜特急』の作者であるノンフィクション作家、沢木耕太郎の短編で、相場師を取り上げたものがありました(ずいぶん昔の作品ですが)。

詳細は忘れてしまいましたが、昭和50年代の話で、二十代で何億円か稼いだ若い相場師が、ほどなくしてその稼いだ何億円かをすべて吐き出した上で借金まで重ね没落。ですが、高利貸しから借りた十万円を元手に37歳のときに、今度は何十億円を稼ぎあげた、という話でした。「高利貸しから借りた十万円」と「37歳で復活」というのは印象に強く残っているので間違っていないと思います。

その相場師がどう復活したか、というのがこの話もミソでして、彼は新聞に掲載された「毛皮は減産になるだろう」という小さな記事に「ピンときて」、有り金をどんどんつぎ込んでいって、しまいにはトンデモナイ大金を手にすることができたということです。

はたから見ると狂気の沙汰としか思えない「毛皮」への執着と、「ピンときた」自分への信頼、たしかそういう話だったと思います。

前置きが長くなりましたが、デイトレードとはおそらく、そんな相場師のミニチュア版ではないかと思います。「不調(負けている)自分」に耐えることができるか…もっといえば「博徒的な自分」を信頼するというか、酔う?ことができるか?

その日その日に株を売買する行為、いわゆるデイトレードは言うまでもなく「投資」ではなく「投機」です。そんなヤクザな行為?をしている自分を、自分で認めてやることができるかどうか。かっこいいといえば相当にかっこいいですし、不毛な行為だといえば相当に不毛な行為(何も生み出してはいない)です。

冷静に考えてみると、いまどき胸をはって「何かを生み出している」といえる仕事、商売はなかなかありませんから、地球的な規模でみると裕福な国である日本において、デイトレードで生活していくというのはアリではないかと思います。いい方があたっているかどうかわかりませんが、ある意味「隙間産業」的なものではないかと思うのです。

パソコンを何台か部屋において、リアルタイムで株価のhighlowチャートを眺めながら、買ったり負けたりする、というのはなかなか優雅な行為です。もっと詳しくはこちら今さら聞けない、FXシステムトレードの事をご覧ください。

大切なことを言い忘れました。冒頭の相場師のような「ピンとくる」人であるかどうか、が適正不適正の大きな要素であるということです。「ピンとくる」ものが正解か不正解かは問いません。「ピンとくる」ものに猪突猛進できるかどうか、です。「思い込み」と言い換えてもいいと思います。それがある人にとっては、デイトレードという仕事は楽しいと思います。


スキャルピングの手法
様々な魅力を持つスキャルピングの手法ですが、批判的な意見も存在します。本来投資というのは現実の経済状況の分析のもと、より適正な市場の実現に寄与すべきものであるとされています。しかし、スキャルピングは短期間のテクニカル分析のみに基づき、無軌道に取引を繰り返します。

このスタイルは見る人によっては投資とはかけ離れたゲーム的な手法に映ることがあり、市場の混乱を招いたり、業者が提供するインフラにダメージを与える行為だという意見が出ることがあるのです。